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2012年10月 3日 (水)

金田城 【常陸】

場所:茨城県つくば市金田(場所)
訪問:201112月ほか
形態:平山城
遺構:曲輪・横堀・土塁・井戸跡・他に櫓台や狼煙台っぽい場所なども
指定:たぶんなし
駐車:なし  ※邪魔にならないよう、うまく対処するしかないかもです・・・
満足:★★★★★★(6.5→7.0)
見所:主郭を囲む巨大な横堀

201312月に修正を加えました。
金田城(こんだじょう)は小田四十八館のひとつとされ、1499年頃には小田氏配下の沼尻又次郎という人物が在城していたみたいです。
明瞭に遺構が残されている場所はそう広大でもなく、横堀に囲まれた主郭および北側の郭~狼煙台程度なんでしょうけど、金田城南西からは金田官衙遺跡(こんだかんがいせき:国指定文化財)が発見されており、台地続きに城郭か、もしくは根小屋が広がっていたんじゃないかと想像してしまいます。

金田城で見学できる遺構はなかなかのもので、特に主郭を囲む横堀は迫力があって見応えがあります。まるで、県南東の鹿行近辺で見られる城郭を髣髴とさせる感じ。
藪が2011年訪問時より随分と減って、場所によっては綺麗に刈り取りまで行われていました。以前はよく判らなかった主郭の虎口も、これでもかというくらいに明瞭になっていたり。
もしかしたら、何かしらの整備計画が着々と進行しているのかもしれませんね。なかなかの遺構が残されている城跡なので、こういうのは本当に有難いことです。

↓以下、以前作成した記事です。
金田城、読みは「かねだ」ではなく「こんだ」です。当然住所も「こんだ」なのですが、小田城で話した同市内の方は「こんだ」と話しても理解してもらえず、「かねだ」と呼び方を変えてようやく通じた次第でして・・・。
伝承では小田四十八館のひとつということらしいですが、詳細に関してはわかっていないみたいです。

小田城とはそんなに離れていないことから、説明会に行く前に散策してみました。事前の下調べだと一時間もあれば十分かななんて思っていたんですけど、思う以上に巨大な堀跡に圧倒されて瞬く間に時間を消化。タイムアップで撤退しましたが、もうちょっと見ていたかったな~。

※動画はまだ作成していません
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【2013年12月に一部の記事を追加・修正しました】

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↑作成した金田城(こんだじょう)の簡単な概略図。西側は台地続きになっていますが、東側は低地になっています。田んぼのみならず溜池も見られることから、往時は泥田というよりも、どちらかというと沼という表現のほうが相応しい湿地だったのかもしれません。

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↑【南東から見る金田城】
この繁みの中に金田城の遺構は残されています。

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【井戸跡】
井戸跡と伝わる窪み。
写真右は2013年12月に撮影したものです。深さというか、明瞭度が増していました。

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↑主郭東にある腰郭。北面は比較的綺麗ですが・・・

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↑南面は藪が凄くて歩きづらいです。

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↑【横堀(主郭南)】
金田城の見所はなんといっても迫力のある空堀です。

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↑といっても藪ってる箇所も結構多い。もうちょっと堀底道が手入れされていると良いんですけど・・・

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↑主郭。大半が藪ですが、土塁が良好に残されていました。

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↑主郭の南側の壁面にはロープが残されていました。

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↑塁上から南面の堀底を望む。こんな中を一人で歩いていると結構怖いですよ。

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↑金田城南側の台地。このあたりも曲輪として使用されていたのかなぁ。


■2013/12/7に再訪問しました

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↑以前はよく判らなかった虎口があらわになっています。結構しっかりした道幅がありますね。

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↑【北端に残る狼煙台のような場所】
金田城からおよそ4~5kmほどの場所に、小田氏の本拠であった小田城が存在していました。
頂に残る窪みといい、狼煙台と想定しても違和感がないように思ってしまいます。

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↑【土塁上の横堀道?】
前から気になっていたんですけど、横堀を挟んだ主郭の南側の台地には、横堀が明瞭に残されています。ここ、見方によっては(特に台地下からここに上がってくると)細道なので土塁上とも呼べそうな感じの場所なんですけど、土塁上の細道というと、どうしても小幡城の変形武者走りを思い出してしまう・・・。

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↑【台地側に残る土塁?】
金田官衙遺跡そば、堀に面した場所に残されていた、土塁の残在と思しき土壇。

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↑【金田官衙遺跡】
特に案内も見当たらないし、どこをどう調査したのかの痕跡も残されておらず。
写真は2011年に撮影したものですが、今回見ても状態はそんなに変化ありませんでした。

官衙を調べてみると、官衙とは役所や官庁を意味するのだそうで、奈良時代から平安時代にかけて造営された役所の一部が、ここに存在していた可能性が高いということみたいなんです。たしか常陸国の府中(国府)は石岡ですから(石岡府中城の項を参照)、いまでいう市町村の役場か、県庁の出先機関があったと考えておけばいいのかな。

調査結果もなかなかのもので、礎石建物8棟、総柱の掘立柱建物3棟が並んで検出された(恐らく正倉院地区)ほか、官衙地区では100棟もの礎石・掘立柱建物跡や柵列、井戸なども検出されているんだとか。う~ん、なかなかの規模ですねぇ。

現地ではこの状況ですが、そう遠くない場所にある歴史民族資料館にいけば、数々の資料や展示品などを確認できるみたいですね。
機会があれば、いつか訪問してみたいかな。

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