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2012年10月25日 (木)

石神城 【常陸】

場所:茨城県那珂郡東海村石神内宿(場所)
訪問:2011年10月
形態:平山城
遺構:曲輪・空堀・土塁・土橋など
指定:たぶんなし
駐車:有
満足:★★★★★★★☆☆☆(7.0点)

現地案内板によると、1432年の石神城合戦のおりに小野崎越前三郎がこの地を攻めたという記録が残されていて、その後はこの小野崎氏(石神小野崎氏)が城主として当地を治めていたみたいです。
1535年、石神小野崎道長による「石神兵乱」が発生いたしますが、佐竹義篤は同属の額田小野崎氏に鎮圧を命じ、これを鎮めさせました。しかし両小野崎氏は1547年に国境をめぐって再び争いを起こし、石神小野崎氏は石神城を追い出されてしまいますが、後に復帰を許されています。
1602年の佐竹氏の秋田転封に伴い、石神城も廃城になったものと思われます。

城址は公園としてきちんと整備されていますし、なかなか雄大な堀が残されていて、思う以上に満足度高い城跡でした。発掘調査の成果なども説明されているとなお嬉しいんですけど、そこまでは欲張りすぎかもしれませんね。

※動画はまだ作成していません

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Isigami_001_
↑縄張り図。現在はⅠ~Ⅲ郭が城址公園として整備されています。

Isigami_002_
↑Ⅲ郭の堀。

Isigami_003_
↑Ⅲ郭。発掘調査で建物や井戸の存在が確認されています。

Isigami_004_
↑Ⅱ郭の虎口。現在は土橋になっていますが、往時は木橋が架けられていたそうです。

Isigami_005_
↑ちなみにⅡ郭の虎口は食違い状になっています。

Isigami_006_
↑Ⅱ郭。御城という名がついていることから、本丸はここだったんでしょうね。

Isigami_007_
↑一番奥にあるⅠ郭。遠見城という名が示すとおり物見に使用していたのかもしれませんが、詰の郭と考えるのが妥当かも。

Isigami_008_
↑ⅠとⅡ郭も木橋で繋がっていたみたいで、その面影が残されています。

Isigami_009_
↑Ⅰ郭南側の堀。正面の塁壁は堀底から5m程の高さがあります。このような塁壁を設けることによって二重堀のような効果を持たせていたんでしょうかね。

Isigami_010_
↑北郭(領主屋敷)。

Isigami_011_
↑このように周囲を水堀で覆ってあったりすると、寄せ手も滑って大変そうですよね。

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