« 岡城 【武蔵】 | トップページ | 川越城 【武蔵】 »

2012年10月11日 (木)

難波田城 【武蔵】

場所:埼玉県富士見市下南畑(地図)
訪問:2011年8月
形態:平城
遺構:曲輪・馬出・堀・土塁など
指定:なし
駐車:有
満足:★★★★☆☆☆☆☆☆(4.5点)

【概要】 ※Wikipediaから転載
富士見市東部の荒川と新河岸川の間の自然堤防上にある、難波田氏の居城である。鎌倉時代に村山党金子氏の金子家範の子、高範が当地を与えられ地名を苗字として館を構えたのが始まりと言われている。「新編武蔵風土記稿」には築城から廃城に至るまでだけでなく具体的に城郭の構造にも触れられており、「小田原編年録」の文化9年(1812年)の古図にも描かれている。河越夜戦で難波田氏の主家扇谷上杉氏の敗戦により難波田氏が没落すると上田朝直一族の上田周防守左近の知行地となり、支城として縄張りを広げ城郭を改築していった。しかし小田原征伐の武州松山城落城と共に廃城となった。

現在は難波田城公園として整備されてるので、季節を気にすることなく訪問することが可能です。遺構の復元具合が綺麗過ぎてあまり城址という感じがしないかもしれないですけど、縄張りの復元はなかなかのものかも。

※動画はまだ作成していません

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Nannbata_002__2
↑難波田城の解説

Nannbata_003__2
↑続いて難波田城公園の案内。

Nannbata_001_a3
↑散見できる難波田城の範囲はだいたいこれ位ですね。そんなに大きなお城ではなかったのかな?

Nannbata_004_
から一の郭(本城)をみたところ。

Nannbata_005_
↑今度は
から大手をみたところ。

Nannbata_006_
から城内をみたところ。

Nannbata_007_
の土塁上から一の郭をみたところ。絵図を見ると往時は堀があったことがわかります。

Nannbata_008_
↑僅かに残る一の郭内には城址碑が。

Nannbata_009_
↑古代種の蓮。忍城そばの水城公園でも見れましたね。

Nannbata_011_

Nannbata_010_
↑資料館。往時を振り返れる古絵図は本当に貴重ですよね、ジオラマもポイント高し。

 

« 岡城 【武蔵】 | トップページ | 川越城 【武蔵】 »

」カテゴリの記事

地域 - 埼玉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 難波田城 【武蔵】:

« 岡城 【武蔵】 | トップページ | 川越城 【武蔵】 »