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2012年12月12日 (水)

小田城の調査説明会(2012)

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2013年の様子

昨年に続いて今年も小田城の現地説明会に参加してきました。前日に宮城県で震度5の地震が発生したりしたのでどうかと心配
したのですが、快晴の中で無事の開催です。

小田城に訪問したのは昨年の説明会以来だったのですが、訪問してみるといつも駐車場に使用していた本丸北側は、重機を導入しての整備作業中。本丸西側の曲輪(曲輪Ⅴ)が駐車場として使用され、受付も設置されていました。
本丸内は引き続き立ち入り禁止になっていましたが、南西馬出は綺麗に整備されて立ち入り可に。着々と整備が進行していきま
すね。本丸北側には縄張り図などによく描かれている丸馬出も復元されるみたいなので、次回訪問も楽しみです。

それでは本題に移りましょうか。今年の調査報告の主要な内容は、googleearthを利用してちょっとまとめてみました。

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ざっとこんな感じですかね。
詳細は↓の現地に展示してあった調査範囲の資料にて確認してみてください。


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続いて各ポイントの説明です。

A:本丸の南西虎口跡

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石垣や礎石が出土していますが、現行展示してあるのはレプリカです。
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石垣には灯篭の部材や石仏なども転用されていたみたいで、そのあたりもしっかりと再現されていました。


B:曲輪Ⅳの新虎口と土塁の発見


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新たに土塁跡が確認されて、あわせて曲輪Ⅳへの虎口も見つかりました。この虎口前の小スペースは曲輪Ⅳの他にも南西馬出や南側の曲輪と繋がっているので、守備の重要なポイントになっていたのではないでしょうか。


C:新発見の曲輪①


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削られてしまって消滅していますが、曲輪Ⅹとその外の曲輪の間に馬出のような小曲輪があったことがわかりました。馬出と外の曲輪の堀には障壁が設けてあったみたいで、障壁に使用されていた石材(これも灯篭の一部なんだとか)が発見されています。


D:障子堀


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昨年は水没して視認できなかった畝。ようやく確認することができました。写真左は資料で言う⑦、写真右は⑩です。志田曲輪(Ⅸ)や南西馬出の周囲からも障子堀が確認されているので、小田城の堀はほぼ全域にわたって障子堀だったのかもしれませんね。


E:新発見の曲輪②


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こちらにも現在は削られてしまっていますが、細長い曲輪跡が確認されました。写真右は古絵図なんですが、一応は絵図が裏付けられたということになるんでしょうね。

■発掘された品々

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今回はそんなに多くなかったみたいです。それにしても木製品が見つかるっていうのは凄いですよね。水堀に廃棄されたものがうまい具合に残ったって事らしいんですけど、たいしたもんです。


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最後は綺麗に歳暮された南西馬出。調査案内も展示してあるので、面白いですよ。

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現地説明会(2013年)

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