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2013年4月17日 (水)

相賀城 【常陸】

場所:茨城県行方市根小屋(場所)
訪問:2013年3月
形態:平山城
遺構:曲輪・馬出・横堀・竪堀・土塁など
指定:不明
駐車:龍翔寺の駐車場に停めさせていただきました
満足:★★★★★★★(7.0点)

相賀城は平安時代の末、逢賀太郎親幹が当地に逢賀城を築いたのが始まりとされています。この逢賀城を室町時代の末期に手賀左近尉義元(相賀入道)が再建して、これが相賀城と呼ばれました。
小高城の小高氏と争いながらも勢力を維持していきますが、佐竹氏による「南方三十三館の仕置き」にて当主が誘殺されたことにより相賀氏は滅亡。相賀城も程なくして廃城になったものと思われます。

台地続きの尾根を堀切で遮断し、確保された台地の先端に相賀城は築かれていました。
主郭には八幡神社が建てられていたりしますが、横堀や竪堀などが良い状態で保存されているので、総合的に考えると、なかなか往時の雰囲気を楽しめる城跡だと思いますよ。

※動画はまだ作成していません
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↑今回、見て廻った遺構をmapに記しました。
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↑麓の龍翔寺から見た相賀城。周囲の地名は根小屋なので、北浦に繋がる港町などが形成されていたのかも知れません。
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↑主郭と思われるⅠ郭。
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↑Ⅰ郭の西側は横堀に守られています。これは南西側の横堀。
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↑ほぼ同じ場所をⅠ郭から見下ろしたところ。郭からだと堀底まで結構な高低差があるので、迫力があって良い感じです。
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↑Ⅰ郭に東側は腰郭が設置されています。写真右はその腰郭の脇に残る竪堀。この下は龍翔寺なので、往時は搦め手として使用されていたのかもなんて想像してみたり。
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↑Ⅰ郭から土橋を渡った先にあるⅡ郭脇の通路。Ⅱ郭は藪で掲載の意味が無いのでパスしました。写真右は通路を挟んでⅡ郭と反対側に残る腰郭。
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↑Ⅱ郭とⅢ郭の間は「堀-馬出-堀-堀」となっているのですが、雰囲気を伝えられそうな良い写真が無かったので端折ります。この写真はⅡ郭から馬出を見たところですね。
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↑Ⅲ郭も内部は基本的に薮ですが、人が一人歩ける程度の道と、お社が一つだけ建てられていました。
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↑Ⅲ郭とⅣ郭の間にある、堀だったと思われる窪地。埋められてしまったのか何となくの雰囲気しかありませんが、奥が竪堀に繋がっているので、たぶん堀跡なんだと思います。
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↑Ⅳ郭は農地として使用されています。案内によるとⅣ郭は「塚原」といって、昭和四十年頃までは大小の土塁が十個近く残されていたのだとか。
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↑Ⅳ郭の北端。台地が細くなっているので、木戸を設けるのには絶好の場所です。ここは大手、もしくは大手に順ずるような位置づけだった可能性が高いんじゃないでしょうか。

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