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2013年5月23日 (木)

八王子城 【武蔵】 3/4 要害地区

八王子城 「その1」では居館地区を、「その2」では太鼓曲輪を紹介しました。
今回は山中の要害地区を紹介していきます。

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↑八王子城主要部における曲輪の配置図。


■要害地区


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↑現在、山頂に向かう道は3つあります。管理棟の裏にある「旧道(旧大手)」と「新道」、それと御主殿の裏から続く「殿の道」ですね。「殿の道」はあまりメジャーでは無いと思うので、この道だけ橙色でルートを示してみました。

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↑【金子曲輪】
管理棟の裏から「新道」を登ると、馬蹄段状に続く腰曲輪と、その脇の梅林を確認することが出来ると思います。これら曲輪郡の頂上に置かれていたのが、金子曲輪でした。
現在は「新道」が馬蹄段を貫通して設置されていますが、往時はこのような道はありませんでした。
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↑馬蹄段とは読んで字のごとく馬の蹄のような形の曲輪が連続して続くことから、つけられた名称なんだと思います。尾根を削平して連続して小曲輪を設けるこの仕組みは、他の山城でもちょこちょこと見かける防御形態です。
攻略して突破するのも手間取りますし、かといって脇の「旧道」を無理に進めば、馬蹄段から側面攻撃を受けて大変な損害を被ることになります。要害地区の玄関口だけあって、かなり堅固なつくりですね。
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↑【柵門台】
現在は「新道」と「旧道」の合流ポイントです。昔はここから「殿の道」の途中にある山王台にも向かえたみたいなんですが、現在は崩落箇所があるとのことで、通行不可になっていました(2011年時点)。
ちょっとした広場になっているので、文字通り木戸として使用されていた場所なんだと思います。
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↑【殿の道に残る石垣群】
「新道」「旧道」とは別に、御主殿の裏から山頂を目指すルートも残されています。それが通称「殿の道」です。
この道は御主殿の裏にあることから、有事の際に城主が素早く要害地区に向かえるよう整備されたものだと考えられるので、「殿の道」という呼称がつけられたみたいですね。
「殿の道」を歩くと、途中で四段の石垣を見学することが出来ます。また、道も無駄に迂回している場所が少ないので、山頂までの距離は最短という効率の良さ。
動画もあるので、興味あるようなら見てみてください。道の雰囲気もわかると思います。

八王子城 2/4【殿の道】
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↑【山王台】
柵門台と同じように、この場所にも「殿の道」方面の監視所や木戸などが設置されていたんでしょう。
巨大な慰霊碑が建てられていて、八王子城攻めの様子などが刻まれています。

ここからは要害地区主要部の紹介です。

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↑【中の曲輪】
現在は八王子神社が建てられている曲輪で、ここから上部には本丸、左右に松木曲輪・小宮曲輪と周囲を曲輪で囲まれた中間点のような場所になっています。
現在本丸と呼ばれる場所はまとまったスペースが無いことから、個人的には天守台という印象が強いので、この中の曲輪が実質の本丸だったのではないかと思ってるんですけど、実際はどうだったんでしょうかね。
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↑【本丸】
たぶん観光に来られた方は、ここを見て「え?これが本丸?たいした広さじゃないな」という印象をもたれることでしょう。そこから"八王子城=大したお城では無い"に繋がってしまうような気もして、ちょっと寂しい・・・。
ただ、天守台と考えていただければ、全然イメージが変わってくるんじゃないかと思うんですよね。
なんて話は観光課の方に任せておくとして、櫓台としは、規模は当然のことながら、その平地のスペースも山中城の天主櫓台より広く、それなりの建物があったとしてもおかしくなんじゃないかと思います。
渡辺勘兵衛曰く、山中城本丸の櫓(この櫓の場所には諸説ありますが)の中には100人近い兵がいたとのことですから、これくらいのスペースでも、思う以上に大きな空間をもつ建物が造れていたのかもしれませんよ。
あと、中世城郭ですから、瓦葺で無かったことも考えられます。
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↑【松木曲輪(二の丸)】
現在は展望台として整備されていて、ベンチなども置かれています。
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↑【小宮曲輪(三の丸)】
ちょっと奥まったところにある小宮曲輪。上杉景勝勢の奇襲にあい、小宮曲輪は陥落しました。このことが、要害地区落城のきっかけになったと言われています。
往時はどのような防御施設が構築されていたのかは判りませんが、二の丸・三の丸も関係なく、主要部はどこか一箇所でも突破されてしまったのなら、あとは脆かったんじゃないかなという印象を受けました。
主要部に立ち入らせないことが、最終防衛線といった感じでしょうか。
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↑【本丸腰北馬蹄段】
主要部には複数の腰曲輪が残されています。これは本丸の西側にある馬蹄段状に続く腰曲輪群。
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↑【北馬廻り道】
主要部を一周するような形で、往時は馬廻り道が設置されていました。今は崩落箇所があるので、一周するのは結構大変です。
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↑【駒冷やし場】
主要部の奥には、詰城である大天守がありました。馬廻り道と接続しているので駒冷やしと呼ばれていますが、要は詰城との堀切です。
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↑駒冷やし場から大天守まで尾根道が続きますが、大天守近くになると、多くの石片を確認できるようになります。
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↑【大天守(詰城)】
この尾根はU字のような形状をしているのですが、その中心というか最高所には「八王子城天守閣跡」と刻まれた碑が残されています。
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↑この大天守の周囲にも馬蹄段状に続く腰曲輪など、多くの遺構が残されているみたいなんですけどね。それらの確認はまたの機会にってことで。
それにしても、本当に多くの石片が残されているんですよね。この石片は、何に使用されたものなんでしょう・・・


主要施設の紹介は、今回はこれで終わりです。八王子城は範囲というか規模もそうですが、遺構も多く残されているので、どうしても紹介がグダグダと長くなってしまいがち。見所が多いというのはいいことではあるんですけどね。東京都在住の自分にとっては、そんなに遠い場所でもないですし、また再訪すればいいかななんて感じで未確認の場所も結構多い。

最後はおまけって訳ではないんですけど、八王子城の周辺に残る北条氏照のお墓を紹介します。


その4
(その1)


※画像は2011年に撮影したものです。

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