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2013年5月 7日 (火)

林外城 【常陸】

場所:茨城県鹿嶋市田野辺(場所)
訪問:2013年4月
形態:平山城
遺構:曲輪・横堀・堀切・土塁・櫓台など
指定:市指定文化財
駐車:林中城の傍に駐車したほうが無難です。自分はそれをしなかったばっかりに・・・
満足:★★★★★★★(7.5点)

林城は鹿島氏の一族・鹿島三郎成幹が林六郎左衛門と称し、この地に城を構えたのが始まりとされています。徳宿城が水戸城の江戸氏に攻撃された際、鹿行下総から徳宿氏の援軍として千五百人が出兵していますが、林氏も鹿島氏と一緒に出兵していたという記録が残されているみたいですね。
林氏は戦国時代に林・青塚・奈良毛・角折・志崎などの地を領して勢力を伸ばしますが、1591年、当時の城主・林清貞は佐竹氏の招き
に応じて太田に向かう途中、札の渡し場で家臣に殺害され林氏は断絶。林城も程なくして廃城になったものと思われます。

札の渡し場って札城近辺の渡し場と考えれば良いんでしょうかね?殺害の要因は、時期的に佐竹氏が仕組んだ謀略と考えるのが自然だと思いますが、林外城から札城まで直線で7~8kmといったところで、結構近いです。自領からそう遠くない場所での殺害行為ということから考えてみると、何とも切なくなりますね。林氏の重臣たちは、その後はどのような対処を行ったのでしょうか。

以前の林外城は結構な薮だったらしいのですが、最近は整備を積極的に取り組んでいただけているみたいで、遺構をはっきりとした形で確認することが出来ました。詳しくは「余湖くんのお城のページ」の林外城の項にいきさつが記載されていますので、そちらで確認してみて下さい。
主郭周辺は一部の堀が崩されていたり埋められるなどの改変の痕跡も見受けられますが、全体的には遺構が非常に良く
残されています。今は畑地として使用されている外郭(Ⅳ)も含めると、林氏は非常に大きな勢力を誇っていたと考えても良いのでしょうかね。
この林外城の北東、低地を挟んだ向かいの台地には、林中城と呼ばれる城館跡も残されています。案内には林中城が往時の住居で、この林外城は要害として使用されていたように記されていましたが、自分はちょっと疑問ですね。
低地は湿地ばかりだったと思われる鹿行の城ならではというか、このあたりのお城は、平山城でも領主の生活の場は、本郭などの主要な郭に置かれて
いたんじゃないかと考えています。そんな訳で林中城は、三階城に対する要害城のような監視所てきな役割か、もしくは岡見城のような林外城が築かれる前の時代に使用されていた城館なんじゃないかななんて。
まあ、あくまで想像です。特に根拠がある訳ではないので、あしからず。

※動画はまだ作成していません
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↑北西から見た林外城。
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↑見て廻った範囲をmapに記してみました。なお、三郭の堀は今回確認していないので、「図説・茨城の城郭」に掲載されている縄張りを参考に、追加で記載したものです。
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↑この鳥居をくぐって竪堀状の参道を登っていけば、二郭までたどり着けます。
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↑その参道脇というか、北側の斜面には無数の腰郭が確認できました。
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↑大雑把な感じではありますが、ちょっと主要部の状況をまとめてみました。
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↑二郭の現況。二郭には虎口と思われる場所が三箇所残されています。
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↑二郭の虎口a。虎口aは坂虎口になっていて、その先は横堀に繋がっています。一方、虎口bとcは本郭の堀の延長にあって、二郭と本郭の土塁を切断するために切込みを入れたのか、はたまた後世の改変なのかの区別がつけづらいです。特に虎口cは、本当は無いほうが防御上は良いと思いますしね。なのでこのブログでは、虎口aが二郭のメイン虎口だったということで、考えたいと思います。
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↑二郭と本郭はもともと堀と土塁で仕切られていたようですが、今はその堀と土塁の中央部分が崩されてしまっているので、一見すると同じ郭のように思えてしまいます。ただ、本郭・二郭ともに外周の土塁は良い状態で残されているので、ご心配なく。
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↑残された仕切り土塁に残る本郭の虎口。写真右は主郭内部の様子。
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↑鳥居から続く参道は、本郭の堀に直結しています(虎口b)。あの参道は、竪堀を歩き易いように改修したものなのかも知れません。なお、奥のお社が見える場所は、櫓台だったと思われます。
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↑本郭南側の土塁は高さだけでなく厚みもあって、迫力満点です。ここからは三郭や堀に寄せる敵が丸見えですね。このあたりが林外城の最大の見所だと思います。
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↑三郭から見る虎口c。本郭南側の土塁がどれくらい高いのか、判りやすいですよね。
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↑主要部と三郭を分ける堀も、規模が大きいのでとても良い雰囲気です。10m近い幅がありそうな感じ。
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↑堀の西端は広くなっていて、枡形のような空間を形成していました。この空間の存在意義をいろいろ考えてみたんですけど、今のところの結論は、その脇にある帯郭(写真右)から侵入してきた敵を食い止めるための仕掛けだったということくらいしか思いつかないですね。この帯郭、今回は行きませんでしたけど、三郭の堀とも繋がっているみたいなので、そういったことも関係しているんじゃないかと。
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↑滅茶苦茶ひろい四郭。まだこのあたりまで両脇は低地なので、防御性も十分に確保されていたと思います。ちょっと脇に入ると土塁なども見れますので、こちら側も散策してみてはどうでしょう。

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