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2013年8月19日 (月)

小田原城 【相模】

場所:神奈川県小田原市城内(場所)
訪問:2012年1月ほか
形態:平山城
遺構:復元天守(RC)・復元門・復元櫓・曲輪・堀・土塁・石垣など
指定:国指定史跡
駐車:周辺の有料駐車場
満足:★★★★★★★(7.5点)
見所:関東では数少ない今も残る近世城郭。復元施設も多いので、雰囲気に浸れます。

戦国末期、関東一の勢力にまで上り詰めた後北条氏。
その後北条氏が居城としていたのが、この小田原城ですね。

現在見られる小田原城の姿は後北条氏が築いた小田原城ではありません。小田原征伐によって後北条氏が滅亡すると、その後は徳川家臣・大久保忠隣が城主として小田原城に入り、江戸時代には小田原藩が興されました。
小田原藩は北条氏直が在城していた小田原城の居館を総石垣の近世城郭に改修して使用しますが、幾度と無く地震の被害に遭遇したみたいで、小田原城はその都度、補修されて幕末を迎えます。

明治になると城内の殆どの建物は取り壊される中、二の丸隅櫓だけが唯一残存していたのですが、1923年の関東大震災でこの隅櫓も石垣ごと堀の中に崩落。石垣の多くも崩れてしまいました。
その後に復旧作業が進められましたが、石垣は当時の高さよりも低いみたいですね。二の丸隅櫓も1934年6月に復興されましたが、予算の関係で規模の小さなものに収まっています。

小田原城という思い浮かべるのが総構えですね。江戸時代の近世城郭では広く採用されましたが、総構えの城が広まるきっかけをつくったのは後北条氏なんだと思います。
まあ、総構えに関しては八幡山の小田原古城の項でふれていきたいかなと。

関東では数少ない総石垣の近世城郭なので、観光地としても賑やかです。名古屋城が本丸御殿の復元を頑張っていますが、ここ小田原城も二の丸御殿の地図が残っていますし、二の丸は現在広場として使用されているだけです。予算とかの関係で厳しいんでしょうが、一部でも復元されると良い観光の目玉になると思うんだけどなぁ・・・。

※動画は2012年1月の訪問時に撮影したものを2012年2月に編集して公開したものです。
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↑小田原には江戸時代に整備された近世城郭の小田原城と、後北条氏時代に重用された中世城郭の小田原古城が残ります。
今回は近世城郭・小田原城の紹介です。

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↑日本古城絵図と比較すると今と昔の違いがよく判りますね。ちなみに三の丸・弁天曲輪・塩硝曲輪は市街地に飲まれ消滅しています。

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↑【馬出門枡形】
復元された馬屋曲輪の馬出門枡形。雰囲気があっていいですね。

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↑【馬屋曲輪】
馬屋曲輪は案内が豊富ですね。
注目は斜めに設置されていた雁木。急角度な土塁を少しでも登り易くする工夫の表れなんでしょうか?
あと気になったのは櫓台ですかね。サイズがちょっと小さいなーなんて。たぶん関東大震災で石垣が崩れた際、これを修復する過程で小さくなったってだけなんでしょうけど。

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↑【二の丸】
二の丸にどんと構える銅門。明治5年に解体されてしまったので、現在の銅門は復元です。ただ、古写真や絵図などを参考に復元しているので、馬出門同様にその雰囲気はなかなかのもの。
二の丸隅櫓は唯一の現存建築物だったのですが、関東大震災で崩落してしまいました。右横の古写真と比較すると隅櫓の大きさの違いだけでなく、石垣も復元の過程で随分と低く詰み直されたんだということが判ります。

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↑【本丸】
昔の本丸は動物園と兼用されていましたが、今はその面影は殆ど残されていませんね。まあ、今の自分にとってはそのほうが有難いんですけど。
天守台北側は関東大震災で崩れた石垣が一部残されています。ぜひともチェックしておきたいですね。

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↑【小峰曲輪北堀】
なみなみと水をたたえていますが、深さは5mもあるそうです。
ここを通る人は、果たしてこれが堀跡だと気付いているのだろうか。


小田原城は本丸や二の丸といった定番の曲輪以外にも複数の曲輪が残されていますし、それぞれに案内も豊富。あとは有料ですが、模擬天守や二の丸にも資料館が設置されているので、つい予定より長居してしまうことが多いですね。このときは御用米曲輪の発掘調査も行われていたので、新たな発見があることを期待してしまいます。

近世・小田原城を見たらせっかくなので、八幡山の小田原古城と小峰大堀切を確認しておきましょう。

小田原古城



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