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2013年9月 7日 (土)

館山城 【安房】

場所:千葉県館山市館山(場所)
訪問:2013年8月ほか
形態:平山城
遺構:模擬天守・曲輪・堀・土塁・櫓台など ※戦争史跡的な一面も
指定:不明
駐車:有
満足:★★★★★(5.0点)

見所:安房里見家最後のお城。模擬天守の外観は雰囲気あってなかなか良し。

館山城自体は里見義頼の時代から存在が確認されていますが、岡本城に替わる本城として館山城を改修したのは里見義康です。
その後、義康・忠義の二代に渡って使用されますが、里見氏の改易をもって館山城は廃城となり、以降は使用されませんでした。

現在、模擬天守が建てられている本丸っぽい場所がありますが、ここは戦時中に高射砲が備え付けられていて、そのために台地も10m近く削られてしまっているみたいなんですよね。
という訳で本丸近辺は遺構が明瞭ではないのですが、現在の訪問口である北側よりもどちらかというと南側にぽつぽつと遺構が
残されてるので、そちらに足を伸ばしてみたほうが散策の楽しみを味わえるのかもしれません。

付近の慈恩院には里見義康のお墓も残されていますし、僅かに残された鹿島堀も確認することができるので、こちらもお見逃し無く。


●安房里見氏(特に後期里見氏)は代を重ねるごとに居城が変更されていますね。どこもある程度以上の遺構は残されているので
、城跡から里見氏の隆盛を見ていくのも楽しいかも知れません。
・前期里見氏(義実、成義、義道、義豊) → 稲村城
・義堯 → 久留里城
・義弘 → 佐貫城
・義頼 → 岡本城
・義康、忠義 → 館山城

※この動画は2011年8月に訪問して撮影・編集したものです。
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↑大まかですが概略図。独立山ですし、往時はもっと内陸まで海だったみたいなので、本拠とするには守備よし経済よしのなかなか良い条件が揃っているように思います。

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↑城山の北側には大きめの駐車場が整備してあるので、車での訪問に困ることは無いですね。
駐車場から見える模擬天守は雰囲気があって格好いい!

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↑【新御殿跡】
孔雀園が建てられている新御殿跡。入場は自由ですが、開園時間は制限があるのでご注意を。

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↑【模擬天守と周辺の腰郭】
現在の城山で最高所にあたる場所に建てられている模擬天守。内部は里見八犬伝関連の資料が展示してあり、最上層からは館山市街を一望できる絶景が拝めます。
本丸は高射砲陣地の影響で削られてしまったのかも知れませんが、周囲に残る腰郭は旧状を留めていると考えていいのかな?

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↑【千畳敷】
実質の本丸であったであろう千畳敷。大きめの土塁も残されていますが、これがいつの時代のものなのか正直わかりません。
茶室の脇に残されているリフトみたいなものの痕跡もそうですが、何か戦争史跡のようにも見えてしまって・・・。

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↑位置が高射砲陣地の下ですから、これは戦争史跡なんだと思います。戦争史跡と混在している城跡というと同県では佐倉城がありますね。ここは佐倉城ほど規模が大きい場所では無いですけど、これはこれでなかなか楽しめます。

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↑【御殿】
千畳敷から南側の斜面には梅林が広がっていますが、往時はこの先に御殿が建てられていたみたいです。建物の礎石と案内が残されているみたいなんですけど、見逃していて確認できていません。

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↑【細尾根】
御殿の脇に延びる細尾根には岩盤を削って作成した堀切が残されていて、里見氏らしい城郭遺構を確認することができます。

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↑【八遺臣の墓】
細尾根の先に残される八遺臣の墓。忠義が死去した際に殉死した8人の家臣の遺骨を分骨し、この地に埋めて供養したという伝承が残されています。
この8人の殉死者こそが八犬士のモデルであるとも伝えられています。

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↑【里見義康の墓】
慈恩院に残る里見義康の墓。本堂の脇を抜けて裏側に廻ると見つけられると思います。

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↑【鹿島堀】
僅かに残る鹿島堀。御霊山にも空堀跡が残されているみたいなので、興味のある方は探してみてください。

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