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2013年9月14日 (土)

大房岬【大房岬要塞】

千葉県の館山湾と富浦湾の境目に突出した岬があります。ここが大房岬です。

現在は大房岬自然公園として整備され、ホテルなどの宿泊施設や少年の家、キャンプ場などが備わったレジャースポットとして重宝されていますが、この岬は幕末から第二次世界大戦(東京湾要塞)まで東京湾を守る一大要塞として機能していたという歴史があり、関連した遺構が今も残されている戦争史跡でもあるんですよね。

当時はワシントン条約(正確にはワシントン海軍軍縮条約)で艦船への使用が不可になった大砲2基が備え付けられていました。
今は砲台跡や弾薬庫、発電所、探照灯格納庫など一部の施設が残されており、場所によっては内部の見学も可能です。
戦争史跡以外にも前述の台場跡などがあって見所は豊富です。意外と敷地は広大なので、地図をもって散策するのがベストかな。


↑2012年8月に撮影・編集した動画です。大房岬→沖ノ島→赤山地下壕を簡単に紹介しています。


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↑東京湾の守りの一角であった大房岬。里見義頼の居城であった岡本城もすぐ傍なので、戦国時代には砦として使用されていたかも知れませんね。

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↑その岡本城から眺める大房岬。要塞を築くには絶好の地形なんだということが、改めて認識できます。

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↑【発電所跡】
半地下の施設だったんでしょかね。入口はコンクリートで閉鎖され、立ち入りは出来なくなっています。

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↑【探照灯格納庫跡】
大房岬で一番見応えのある戦争史跡がここ、探照灯格納庫跡です。真っ暗な中に昇降台があったであろう最奥部には微妙な光が差し込んでいて、幻想的な空間をつくりだしています。

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↑【詰め所?】
探照灯格納庫の反対側に残る施設。たぶん詰め所とかだったのかな?
隠れるように造られている出入口が格好いい。


戦争史跡は他にも砲台跡や弾薬庫、震洋の発着場など残されているのですが、このときに確認したのはここまで。地図無くぶらぶら散策しただけだったんで、完全に見逃しちゃいました。
弾薬庫は地下みたいなので、今度はちゃんとライトを用意して訪問します。

というわけで大房岬に残る戦争史跡の紹介はここまで。
ここからは戦争史跡以外の紹介です。


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↑【大房岬台場跡】
黒船の来航に備えて1808年に築かれた台場。当時は上段・中断・下段の3段に分けて13挺の大筒が据えられていました。
土塁は造海城の竹ヶ岡砲台に残るものと同じく、切れ目がつけられていました。この土塁の切れ目に大筒を挟んで、発射時の反動などでずれない様に固定していたんですね。

今は僅かに土塁が残るのみと案内には記されていますが、これって非常に貴重な遺構なんじゃないでしょうかね?台場跡は数あれど、このように用途がある程度特定できる形で土塁が残されている場所となると、そう多くはないように感じるのですが・・・。


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↑【大房不動滝と行者の窟】
歴史はかなり古く、昔はこの上にしっかりしたお堂も建てられいたみたいですね。
今では寂れた感が否めませんが、大事にされていくことを切に願います。

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↑【弁財天の洞窟】
大昔は牢獄としても使用されていたという洞窟。この洞窟の奥は深く、どのくらいの長さがあるのか未だに未確認とのこと。
洞窟は怖いですね。あなたは興味ありますか?


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