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2013年11月14日 (木)

登城山城 【常陸】

場所:茨城県龍ケ崎市半田町(場所)
訪問:2013年11月
形態:平山城
遺構:曲輪・横堀・竪堀・土塁など
指定:たぶんなし
駐車:墓地前の駐車場を拝借
満足:★★★★★(5.0点)

見所:良好に残る土塁や、意外と迫力のある竪堀など

城暦などの詳細は不明です。
台地の先端に残されている小規模な城址で、土豪か何かの居館として使われていたのではないかと思われます。

満願寺さんの周囲はいろいろと改変されているみたいですが、奥に残る主郭は土塁や土橋を良好に確認することができました。
見事な竪堀が残されているのですが、「図説・茨城の城郭」によると、これは旧参道として使われていたものらしく、遺構では無い可能性もあるらしいです。ちょっとがっかり。

この後は大日山城を訪問しましたが、周辺には同様の館跡っぽい遺構が他にも複数残されているみたいです。
まとめて訪問してみるのも、良いかも知れませんね。

※動画はまだ作成していません
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↑作成した簡単な概略図。

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↑【満願時参道】
現在の城址に向かう入口となる満願寺の参道。「図説・茨城の城郭」によると、この道は堀跡とかではないとのこと。

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↑【満願寺】
参道をあがると立派な山門が出迎えてくれます。
当然城域に含まれるんでしょうけど、あちこち改変されている感じなので、それっぽく見えても遺構か否かの判断が難しい・・・

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↑【本堂脇の竪堀?】
おお、これは見事な竪堀だと思って悦に入っていたんですけど、どうやらこの場所は現在の参道が造られる前の参道だったみたいでして。
まあ、だからといって、この竪堀が遺構ではないという訳ではないんでしょうけどね。

ここに竪堀があったとすると、反対側には堀切が続いていたのかなーなんて現地では考えていたんですけど、これが後世の改変だったりすると、堀が続いていないのも当たり前ではあったりするし。

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↑ちなみにこの竪堀、車道から見上げるとこんな感じです。車道設置の影響で、結構改変されているんでしょうね。

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↑【主郭脇の腰郭と帯郭】
主郭の脇は窪地になっていて、帯郭と腰郭状の平地が残されています。腰郭から東側の集落に抜けていく道が続いているんですけど、往時も搦め手のとして使用されていたのかな?

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↑【主郭の堀と土橋】
明瞭に残る堀と土橋。

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↑【主郭】
台地の先端なので、周囲を監視するには絶好の場所だったことでしょう。
東側の土塁には切れ込みが入っています。下の帯郭や腰郭と何かしらのやり取りを行う設備が、ここに設置されていたりしたのでしょうか。

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↑満願寺からしばらく台地に沿って歩いてみたんですけど、特に何も見つけられませんでした。

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