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2013年11月 2日 (土)

多気山城 【下野】

場所:栃木県宇都宮市田下町(場所)
訪問:2012年5月
形態:山城
遺構:曲輪・各種空堀・土塁など
指定:不明
駐車:有
満足:★★★★★★★(7.5点)

見所:山全体に張り巡らされた広大な縄張り

多気山城と書いて"たげさんじょう"と呼びます。
一説には宇都宮氏の祖である藤原円心が築いたとも言われているみたいですが、詳細に関しては不明みたいですね。

着実に北関東に勢力を広げてくる後北条氏に対し、宇都宮氏は常陸の佐竹氏や下野の那須氏、下総の結城氏などと共闘して対抗していきますが、後北条氏の攻勢がますます増大する中で、宇都宮氏は平城である宇都宮城から、山城である多気山城に本拠を移転して守りを固めました。

後北条氏が滅亡して宇都宮仕置が終了すると、宇都宮氏は本拠を再び宇都宮城に戻しました。その後の多気山城の処遇に関しては、よく判りません。

多毛山という山全体に曲輪や堀を配置した、かなり広大な山城です。周囲を巡る林道を歩いてみると、なおのことその大きさを実感できると思います。
ハイキングコースも設置されていますし、周辺の方々は気軽にハイキングを楽しんでいるみたいですね。登るのは意外と大変ではないのですが、全体を見てまわろうとすると結構な時間を要するので、時間配分は慎重に。



周辺は大谷石と呼ばれる石材の産地だそうで、古くから採石が行われてきたそうです。大谷石は重量が軽いのが特徴なので、そのことが逆に仇となって、3.11の際には多くの石塀が崩れて大変だったと仰ってました。
採掘方法にも特徴があるらしく、大谷資料館にいけば地下採掘場が公開されているのだとか。面白そうなので、そのうちに訪問してみたいですね。間違えて山本園大谷グランドセンターを訪問したりしないようにしなければ。

※動画は2012年5月に撮影・編集してアップロードしたものです。
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↑戦国後期、後北条氏の圧力が強まるなかで、宇都宮氏は居城を平城の宇都宮城から、山城の多気山城へと移しました。

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↑【東からの遠視】
多気山城は宇都宮氏の本拠として使用する際に改修されたのか、非常に広大な縄張りをもつ城跡です。山麓には大きな横堀を配し、ほぼ全山に曲輪跡などの遺構が残されています。

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↑【山麓の長大な横堀】
駐車場に車を停めて歩いてくると、まず目に付くのがこの山麓に設けられた横堀です。タイミングが悪く、整備作業の最中だったのか、伐採された木材で堀が埋まっていて、いまいち良い写真が残されていない・・・

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↑【南東方面の尾根に設けられた曲輪群】
ハイキングコースに沿いに山頂を目指すと確認できる、南東尾根に設けられた曲輪群。山城の割には大きな面積の曲輪が多く、ここに集落が形成されていたといってもおかしくないのかなと、思わず思ってしまいました。

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↑【整備最中の主郭周辺】
主郭の周辺は樹木が綺麗に伐採され、整備が進められている真っ最中でした。この整備事業は2011年から開始されたものらいしいのですが、今年(2013年)もさらに進行しているのかも知れませんね。

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↑【恐らく虎口跡だと思われる箇所】
綺麗に伐採された台地と、上空からの強烈な太陽光が反射して、微妙な凹凸などの確認がしづらかったです。
ここは、恐らく両脇を土塁に挟まれた虎口だったであろうと感じた場所。普通に写真で見てもさっぱり判らないのですが、線画を注入すると、何となく理解してもらえるかな?

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↑【主郭からの風景】
現況を見ただけだと、ちょっと整備しすぎな感が否めない状況ですが、新木が成長してくると、かなりイメージが変わってくるんでしょうかね。

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↑【主郭】
仕切り土塁や帯曲輪まで配置されている、広大な主郭。御殿跡とも呼ばれているみたいですが、確かになんて納得してしまいます。
比較的薮に覆われいる場所が多いので、ハイキング目当ての人達は、あまりこちらまで立ち入らないみたいですね。

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↑【北尾根】
主郭の北側に続く尾根にも複数の曲輪が残されているみたいなのですが、なにぶん道以外は猛烈な薮なので、構造などは殆ど確認できませんでした。
ところどころに土塁も散見できるし、曲輪も結構残されていそうなんだけど。
このルートをつかって林道まで降りてみましたが、急な箇所が多くて搦め手といった雰囲気でした。林道間近では虎口というか旧道っぽい場所も残されていたんですけど、崩落してる感じだったので、確認は途中で断念。

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↑【主郭の南虎口】
大手口だったのではないかと思われる、主郭の南虎口。
主郭直下の帯曲輪を歩いてくると、枡形状の空間と、主郭に通じる坂虎口が今も残されています。この坂虎口に設置されていたのが櫓門だったりなんかすると、非常に格好いいんですけどね。
整備されたのが戦国も後期ですし、これだけの規模を誇る山城です。西方城もなかなか技巧的な城跡でしたし、これくらいの施設がここに設けられていたとしても、おかしくない様な気がしてしまいます。

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↑【南東尾根と南尾根に挟まれた谷戸】
整備に使用する重機を山頂付近に上げるルートとして、この谷戸が使用されていました。林道からここまで、重機が作成した道がくっきり。初訪問だったのでよく存じ上げないんですけど、このルートには遺構はそんなに残されていなかったのだろうかと、ちょっと心配になるレベルの破壊度でしたが・・・。

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↑多気山城の南側近辺、林道沿いで見かけた削平地っぽい場所と石積み。


このときはいろいろタイムロスをしてしまって、主郭南側の尾根や、南西側などを確認できていません。その後の整備状況も気になるし、今シーズンも訪問してみるつもりです。
続けて報告できると良いですね。

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コメント

お疲れ様です
多気山城は、巨大城郭ですね

数度の登城をしてますが、いまだ全容が見れてません

本丸下周辺の立木が伐採されて以前とは、まるっきり風景が一変して虎口の土塁が無くなっていたような?

それから、ブログのリンクを貼ってもよろしいですか?

そして、病気もいまだ先が見えずに療養中です。

>ヤマシロさん

こんばんわ。

南尾根もボチボチの薮っぽいですし、なかなか踏破は難しそうですよね。でも、なかなか見応えのありそうな虎口遺構も残されているようなので、いつの日か再突入するつもりです。

>>ブログのリンクを貼ってもよろしいですか?
全く問題ないですよ!稚拙な当ブログにリンクなんて、本当に有難い事です。

病気の件、結構長引きそうな感じなんですね。ヤマシロさんはアクティブに活動されている方っぽいので、なおのことご苦労が多かったりするのではないでしょうか。

今まで大病を患ったことのない自分ですけど、いつ発症するかは判りませんものね。
1日でも早くヤマシロさんが回復されることを、切にお祈り申し上げたく。

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