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2014年1月10日 (金)

羽生田城 【下野】

場所:栃木県下都賀郡壬生町羽生田(場所)

訪問:201312

形態:平山城

遺構:横堀・土塁・櫓台状の張出など

指定:町指定史跡

駐車:なし

満足:★★★★★★(6.0)

見所:残された遺構は一部だけだが、三郭の堀の規模は迫力あってお勧め

 

羽生田城は壬生城の支城として、壬生氏2代目当主の壬生綱重によって築かれました。壬生綱重は宇都宮氏の命令で鹿沼城の鹿沼氏を攻略しますが、鹿沼城と壬生城の中継基地として羽生田城は機能していたみたいです。

 

壬生氏最後の当主となる5代目・壬生義雄の代の頃には、藤倉勘斉という人物の居城として使われていたみたいですね。

1590年の小田原征伐の直後に、小田原城で壬生義雄は急死してしまいました。世継ぎがいなかったため壬生氏は断絶となり、壬生氏は滅びました。壬生氏の滅亡にあわせて、羽生田城も廃城となります。

 

 

黒川に隣接する舌状台地の先端に、お城は築かれていました。東側の低地には大池が存在していたみたいなので、周囲の低地も湿地で天然の堀を形成していたことでしょう。

で、唯一の弱点である台地続きカバーするために、主郭を囲むように巨大な堀が四重に設けられていたみたいですね。

今は一部の遺構が残されているに過ぎませんが、確認できる三郭の堀や土塁は規模が凄いので、訪問して損は無いと思います。完存していれば相当凄かったんでしょうけれどね。こればっかりは言っても仕方ない・・・。

 

余談ですが、台地続きの北側には無数の古墳群が存在しています。中でも茶臼山古墳は国指定史跡だったりするので、ついでに見てまわると良いのかも。

 

※動画はまだ作成していません

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↑【立地】
西に黒川の流れる台地の先端に羽生田城は築かれていました。この台地上には前方後円墳がいくつも点在しているので、ついでに見てまわるのも悪くないかも。

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↑【簡単な羽生田城の概略図】
台地上とはいっても、台地自体は広大な平地です。そこで羽生田城は、広大な四重の堀によって守られていたみたいですね。そのまま残されているようだと、かなり見応えのある城址になったんじゃないかと思うのですが・・・。

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↑【明神宮と城址の標柱】
ここが城址であることを唯一示す標柱。

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↑【三郭の堀】
残されている遺構はたしかに一部ではあるんですけど、堀の規模が巨大なので、なかなか侮れない城跡です。

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↑【畝?】
堀底には間隔をあけながら、畝っぽい高まりがいくつか残されていました。堆積物の関係でこうなっただけなのか、それとも畝なのか・・・。

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↑【土塁】
堀だけでなく、土塁もしっかり残されています。

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↑【比高二重土塁?】
堀の反対側に登ると、そちらでも土塁の存在を確認することができました。となると、飛山城・犬飼城と続いて、羽生田城も比高二重土塁だったってこと!?

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↑台地下は大池と呼ばれていたみたいで、今でもその名残なのか、このような案内が設置されていました。


折り悪く、小学校の目の前の道路が工事の真っ最中。周囲の道路も通行止めになっていたので全く遺構の確認は行えないかと心配したんですけど、作業員に話しかけてみると奥へ歩いて向かうのは問題ないですよとのこと。
今回確認した堀以外にも、本当は歓喜院の周囲もついでに見てまわりたかったのですが、何か目が気になったので、そちらの確認は止めておきました。まあ、本命は確認できたのだから、良しとしなくては。

 

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コメント

うちの田舎はすぐそばにあり、親父からよく聞いたものでした。貴重な資料を派遣させていただき感謝いたします。この先も期待しています。宜しく御願いいたします。

>篠原さん  
コメントいただき、有難うございます。   
当地は古墳と城址がセットで残されていることを考えると、古くからの伝承など地元ではいろいろ興味深い話が残されているのかも知れませんね。  
更新が滞りがちな昨今ではありますが、できうる限り頑張ります。  

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