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2014年10月 5日 (日)

大房岬・回天発射台

以前、戦争史跡や幕末の台場跡などを紹介した大房岬。いくつかの見落としがあったので、今回は回天発射台を確認しに再び大房岬を訪問してみることにしました。

人間魚雷「回天」。その名の示すとおり魚雷型の特攻兵器ですが、「桜花」や「震洋」と比べると知名度はわりと高めな気がします。映画やドラマの影響なんでしょうか。

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↑靖国神社に展示されている回天。Wikipediaより転載。

Map2_
↑大房岬には戦争史跡や幕末の台場跡などいろいろ残されています。戦国時代後期、里見家当主の里見義頼が本拠に定めていた岡本城も至近の距離にあり、中世には砦などが築かれていた可能性も大です。

駐車場に車を停め、史跡の残る海岸まで降りていきます。朝早めの時間ではあるのですが、お盆時期なので家族連れは多めでしたね。

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↑【回天・発射台跡】
満ち潮で海中に沈んでしまい、あまり確認することができませんでした。この日はお昼くらいに訪問するのがよかったみたい。
画像右よりの海中に沈む箸のような構造物が、回天発射のために使用されるレールの土台となっていたみたいです。引き潮のときに訪問すれば、ハッキリとした姿を確認することができるんですけどね。

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↑【回天・収納庫もしくは待機所?】
発射台のそばに洞窟と壕がひとつずつ残されています。場所からいって恐らく回天の収納庫、もしくは人員の待機所だったと思われるのですが、正確なところはどうなんでしょう?

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↑【洞窟に残る落書き】
K・N・Hと恐らくS・Oであろう単語はなんとなく確認できます。あと、Yっぽい単語は大小おりまぜ複数。 

館山には進駐軍の先遣隊が上陸し、数日の間ですが米軍による軍政が実施されました。この落書きは、そういった際に米軍によって記されたメモ書きのようなものなのかもしれません。

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↑【防空壕】
こちらは明らかに人力で掘られた防空壕ですね。穴の高さは感覚的には1.51.6m程度だと思うので、回天を収容することはできたでしょう。レールか何か敷いて出し入れさせる予定だったのかな?

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↑この防空壕、入口になぜか神社のお札(板札って言うんですか?こういうの?)が置かれていました。何かこの辺りで過去に事故でもあって、その名残りなのかもなどと考えつつ折角なので防空壕に入ってみたのですが・・・

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↑内部で撮影した写真には何故か赤色が写りこんでしまいました。「えっ?」と思ったので慌ててもう一枚撮影するも、そちらはまったく問題なし。
なんにせよ、あまり気分のいいものではないですよね。お墓参りにいった後でしたし。慌てて防空壕から撤退です。

S
↑【山岡部隊(S)が訓練に使用していたとされる崖】
山岡部隊は海軍陸戦隊が結成したSpecial Forcesです。最後は東南アジア各地に散らばる米軍基地を強襲してB29を破壊するといった計画が検討されましたが、出撃寸前のところで終戦をむかえ中止となりました。
山岡部隊の訓練は過酷を極め、この崖を素手で登るというのも訓練の一環だったそうです。いまでいうロッククライミングですけど、もしも装備を背負いつつとかだったら難易度も相当なはず。

Photo
↑【何かしらの痕跡?】
ピットみたいに見えなくもないかな?波止場にはもっとハッキリした痕跡が残されていたんですけど、撮影するのを忘れちゃった。


↑動画です。いままでよりビットレート落としてアップしてみたんだけど、Youtubeのはなかなか最適な方法がみつからないや・・・

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