雑記事(today newsなど)

2015年7月 9日 (木)

today news

高取城跡で新たな遺構発見 三大山城、航空レーザー測量で 日経電子版より抜粋 

 奈良県立橿原考古学研究所と航空測量会社のアジア航測は8日、日本三大山城の一つとされる国史跡、高取城跡(高取町)をレーザー装置搭載のヘリで測量し、郭(くるわ)とみられる平たん地など14の遺構を新たに見つけたと発表した。

 高度500メートルからレーザー光を毎秒20万回照射し同城跡とその周辺の約5平方キロメートルを測量。詳細な立体地図を作製して分析し、既存の城の構造図(縄張り図)などには記載されていない平たんな造成地4カ所、尾根を分断した「堀切」8カ所などの遺構を発見した。

 同研究所は「立体地図により各施設がどう配置されているか視覚的に明確になった。築城の過程を考える上で有力な資料になる」としている。

 同城は奈良盆地の南の山中に位置し、豊臣秀長の家臣、本多利久が本格的に整備。周囲が約30キロメートルに及ぶ城郭に3層の天守や27の櫓(やぐら)、33の門が立ち並んでいたとされる。岩村城(岐阜県)、備中松山城(岡山県)とともに日本三大山城といわれる。明治時代に破却され、現在は石垣のみが残る。

↑調査に必要な経費にネックがありそうですけど、確認されている主要部だけでなく周辺に城砦郡を築いていたのではないかと考えられるような城跡にも、こういった手法は有用なのかもしれないですよね。山中鹿之助で有名な兵庫県の上月城や東京都の檜原城などですが、確認できる主要部が小さい割りに要害として考えられていたような場所からは意外な曲輪が多く発見されるかも!?

2015年7月 7日 (火)

強制徴用(forced to work)

ユネスコ会場で大使が使用したとされる「forced to work」。

だとすると「強制的な労働だった」と日本が認めたことになりますので、非常に残念な結果といわざるを得ません。
日曜日、直後の会見で岸田外相は”強制労働を意味するものではない”と官邸で記者に話をしていましたが、どうみても強制労働としか受け取れないんですが・・・。

該当施設における説明に記すのは徴用と勤労奉仕で十分。「強制徴用」などという表現を使用したりするから、強制=無理やり連行されたという図式で宣伝されたりするんですよ。

慰安婦問題で懲りているはずなのに、目先の利益を優先して何度同じ過ちを繰り返すんだろう・・・。


【追記】 

forced to work → 強制的な労働 
forced labor → 強制労働  

高度な外交駆け引き()を行っている日韓両国は別として、この表現を見た諸外国の方々はどのような解釈をなされるんでしょうかね?一番重要なのは、そこだと思うんですけど。 

National Requisition Ordinance → 国民徴用 
Requisition → 徴用 

日本で実施されていた徴用を英訳するのであればこれでいいのでは?なんでそこまで「強制」という表現にこだわりをもつのか、いまいち理解できません。

英ガーディアン紙
内容を見ていただければ判りますが、しっかりと「Korean forced labourers」と明記されてしまっていますね。

八幡製鉄所が世界遺産認定されたことに対する北九州市長の喜びの声明も「Yawata steel mill used thousands of forced labourers.」と発言したことになっちゃってるし。

政府は日本国民相手に躍起になって火消しをおこなうよりも、他にやることがあるのではないでしょうか・・・。

関連記事:勤労奉仕と強制労働(強制徴用)   


2015年6月25日 (木)

today news

全国の遺跡発掘報告書ネットで公開 1万4000冊、奈文研など 日経電子版より抜粋  

 全国の遺跡の発掘調査報告書約1万4千冊を電子化し、インターネットで一括検索・閲覧できるようにした「全国遺跡報告総覧」を、奈良文化財研究所と島根大など全国21の国立大学が共同開発した。25日朝から無料公開する。

 総覧は大学や県市町村の教育委員会、埋蔵文化財センターなど32道府県の316調査機関が刊行した報告書を収録。約165万ページをPDF形式で電子化し、題名や機関名、「銅鐸(どうたく)」などのキーワードで検索できる。アドレスはhttp://sitereports.nabunken.go.jp/。

 発掘報告書の多くは数百部程度と刊行数が少なく、閲覧できる場所が限られるため、研究のネックになっていた。同研究所は「調査成果の社会への還元や、新たな研究領域の発展につながるのでは」と期待する。

 参加した21大学は既に各地元で刊行された報告書を電子化して公開しているが今回、同研究所を中核に統合して利便性を大幅に高めた。ただ東京や京都など一部の地域や調査機関の報告書は未収録で、同研究所自身の報告書もシステム上の問題から収めておらず、課題も残る。

 同研究所によると、これまで全国で刊行された発掘報告書は累計約20万冊で、近年は年約2千冊が刊行されている。今後は充実に向け、大学や自治体、学会などとの連携拡大を検討する。

↑これは本当に有難いですね。「知識」として価値のあるものは特にだと思いますが、もしかして失われるかもと思われるようなものはできるだけ記録して公開していくほうが良いのではないかと思ったのが自分の散策動画のきっかけでもあったりするので、一般の反応の有無に関わらずこういった流れが広がるよう期待したいところです。  

どこにいてもネット環境さえあれば図書館といった感じなので、時間がいくらあっても足りないと感じるところがネックではありますけど。 

2015年6月24日 (水)

today news

伏見城下に巨大礎石穴、加賀・前田家屋敷跡か 高い土木技術  ※日経電子版より抜粋  

 

 豊臣秀吉が建てた伏見城(京都市伏見区)の大名屋敷があったとされる区域から、礎石を据えるための巨大な穴が7カ所見つかり、京都市文化財保護課が23日までに明らかにした。

 穴の大きさは直径約1.7~2メートルで、深さ2.3メートル以上のものもあり、城下で最大級だった。江戸時代などの絵図から加賀百万石を築いた前田家の屋敷跡とみられ、豊臣政権で要職に就いた前田家の権威を物語る遺構という。

 同課によると、穴の中は、直径2~3センチの小石の層と粘土層を交互に積み上げながら細い棒で突き固めて、礎石や建物が沈まないよう地盤改良していた。

 これまで城下で見つかった据え付け穴は、東北を支配した伊達家の屋敷跡の直径1メートル前後が最大。今回見つかったものは、豊臣家が建てた方広寺(京都市)南門のものに匹敵する大きさという。

 このほか、南側には長さ20メートルほどの塀を建てていたとみられる溝が見つかった。

 調査地は絵図で、前田家を示す「肥前中納言」と記された場所だった。市の担当者は「最初の伏見城が大地震で倒壊したため、前田家は念入りに地盤改良をしたのかもしれない。豊臣政権の五大老だった前田家の土木技術の高さが分かる」と話している。

 秀吉は1592年、最初の伏見城(指月城)の造営を始めたが、96年の慶長伏見地震で倒壊、直後に近くの木幡山に再建した。

 調査は既に終わり、現場は埋め戻されている。

 

↑先週の木曜日に報道されていた「指月伏見城の場所特定」に関連したニュースなんでしょうかね。自分は20日に行われたとされる現地説明会には当然参加できていないのでネットにupされていたPDF資料を確認した程度ですが、googlemapで確認できる以上に現地ではいろいろ再開発が進行しているのかもしれない。 

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2015年3月15日 (日)

滝山城の駐車場 

滝山城の駐車場がもうすぐOPENしそうな感じです。
明確にいつから使用可能なのかは確定していないとのことでしたが、321日あたりに開設記念のセレモニーが駐車場にて行われるらしいので、遅くとも月末にはOKになるとのお話。

滝山城は専用の駐車場がないのがネックでしたからね。これで訪問者も増える・・・のかな?

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駐車場の位置

2015年1月10日 (土)

today news

信長の攻め防ぐ堀、和歌山の「鷺ノ森遺跡」で大規模な溝発見 Yahooニュースより抜粋 

 和歌山市鷺ノ森南ノ丁の市立城北小学校内にある鷺ノ森遺跡で、16世紀後半ごろの大規模な溝が見つかり、市教委などが9日、発表した。織田信長と対立していた本願寺側の和歌山の拠点「鷺森御坊」を防御するために造られたとみられ、大阪・石山本願寺と信長側との緊張関係が、和歌山にも影響を及ぼしていたことを裏付ける興味深い資料になりそうだ。

 市教委や市文化スポーツ振興財団が、平成24年度から同小グラウンドを調査。発掘現場は本願寺鷺森別院の南側に当たり、幅約16メートル、深さ3メートル程度とみられる堀の跡が見つかった。

 同院は、中世末期には「鷺森御坊」と呼ばれ、紀州における浄土真宗の信仰の中心だったという。この一帯を拠点とした雑賀衆は、信長との戦いのため石山本願寺側へ援軍に赴いた。信長による天正5(1577)年の紀州攻めの際には、和歌山市内で戦闘があったという。同院は、信長と和睦した本願寺側が一時的に移ってきた場所としても知られる。

 今回の堀は、現在の町の区割りとは異なる方向に延びていることから、鷺森御坊に沿って設けられた堀と分かった。中世後期の瓦や陶磁器なども出土し、堀は江戸時代に埋められたという。

 市教委担当者は「鷺森御坊が信長と対立していたことは当然考えられる」とし、発掘を担当した同財団担当者は「堀は、攻めるためではなく守るためのものだろう。中世の街並みも分かることから、貴重な資料」と話した。

↑現在は「城跡」と呼ばれている場所も、当時は集落・砦・要害など用途は様々だったように思います。そのあたりのことは以前に"「総構え」に関して思うこと"で触れたことに重なるかもしれませんが、戦国という時代を考えてみると規模の大小や地域的特徴など多少の違いはあれど、多くの人が集う場所はどこも同じように防御構造を施していたと考えるのが自然なのではないかなと。
ただ、歴史的に重要な史料であることに変わりはありませんね。いろいろな発見を期待したいところです。

2014年12月 6日 (土)

【ちょっと雑談】ドル円・120円突破をうけて

昨夜、ドル円が120円を突破して121円まで円安が進行しました。世界観が変わるときというのは得てしてこういうものなのかもしれませんが、あまりに急激過ぎてちょっと驚きです。

円安という流れはまだまだ継続していきそうですしね。為替予約で今のところは影響を抑えている企業も流石にこうも急激だと対応に四苦八苦しそうですし、個人もいろいろとこれからの世を想定しておかなきゃいけないんだろうなぁ。

Yahooニュースから。
2倍の速度で進む円安、前回円高時に比べ関連倒産件数は3倍超 
<円安120円台>食品値上げ、家計圧迫 輸入牛肉3割高  

小売の値上げはどんどん進むでしょうね。1120日以降で目についた値上げ記事だけでもご覧の通りです。

11/21:森永乳業、アイス値上げ 15年3月から 【830
11/25:シマダヤ、麺製品値上げ 15年3月1日から  【410】 
      日本製紙など大手製紙各社、紙コップ用原紙など値上げ  【814
      日清オイリオとJ―オイルミルズ 食用油を値上げ 20151月から 【810
11/26:テーブルマーク、冷凍食品値上げ 152月から順次 【310%
      北越紀州製紙、印刷用紙値上げ 151月下旬 【1015
11/27:ニチレイフーズ、冷凍食品値上げ 152月から 【3~18
      昭和産業、食用油値上げ 15年1月から
11/28:ハウス食品、カレールウなど値上げ 15年2月から 8
12/02:ほっかほっか亭、一部弁当値上げ 15年1月から1030
12/03:日本水産と日清食品冷凍、冷凍食品値上げ 151月から順次 【315
12/04:日東紅茶、家庭用ティーバッグ値上げ 15年3月から 【510%

  

日銀は1031日に追加の金融緩和を実施しました。日銀の目指す物価上昇率2%という目標に対してその達成が困難になったから、というのがその理由です。

消費増税による過度な物価高は消費者の支出を予想以上に抑えてしまい、売り上げ減に対応するため製造元各社は原材料費上昇に対する適切な値上げを切りつめざるを得なかった。物価上昇率が鈍化し始めたのは、こういった状況も少なからず影響していたものと推察されます。

あくまで物価上昇率2%を目指すということであれば、日銀は円安が"流石に行き過ぎた状態"だと認識するような水準に達したとしても、なかなか介入することができないのではないでしょうか。原油安という現状であればなおのことかと。

以上のことから冒頭の繰り返しになってしまいますが、円安という流れは当分継続するものとしっかり認識をしてその対策を個々人で考えることが重要なんだと思います。
自分の周りだけかもしれないですけど、意外と無防備というか、今の円安進行をどこか他世界のことのように認識している人が多いように思ったので、ちょっと記事にしてみました。
だからといって、自分がきちんと対策できている訳ではないのですけどね。言うは易く行うは難し。

2014年11月30日 (日)

第34回ジャパンカップ

首相は今年、女性の活用(ウーマノミクス)を盛んに宣伝していましたね。 

③ジェンティルドンナ(5)
⑥ハープスター(3)
⑧デニムアンドルビー(4)

ジャパンカップは国際競争だし、これもいってみようかな。
今年は今のところ31勝です。さて、結果はどうなるやら・・・

2014年11月25日 (火)

today news

弘前城、大修理に備え内堀の水抜き 日経電子版より抜粋 

 青森県弘前市の弘前城で25日、約100年ぶりとなる本丸の石垣修理に備え、内堀の水を抜く作業が始まった。石垣の膨らみが確認され、地震で崩落する危険があることから、弘前市が修理を決定した。来夏からは天守の場所も移動させる予定で、2023年度の完了を目指す大事業がスタート台に立った。

 城のある弘前公園は日本有数の桜の名所として知られている。水面に映る桜と天守の競演が楽しめる人気の風景は、来春からしばらくお預けとなる。

 内堀の水は5日ほどでなくなり、埋め立てて足場を設ける。天守を解体せずに、石垣から離れた本丸中央部へ移す「曳屋」を来年8月に始める。南東面の石垣を組み直すメーンの作業には16年に着手するという。

 弘前城の石垣は明治時代にたびたび崩落し、修復は大正時代までかかった。市は桜だけでなく、大修理も観光の目玉にする考えだ。

2014年11月19日 (水)

【ちょっと雑談】 追加消費増税の延期について

追加の消費増税は平成174月まで延期となりました。
景気の足かせになるので以前から一貫して消費税に反対してきた自分にとってそれは良いことではあるのですが、景気条項撤廃というのがどうにも・・・。
経済は生き物だと総理は御自分でも仰っていた筈なんですけどねぇ。2年半後の景気がどうなっているのかは誰にもわからない。174月近くになって不景気だった場合は解散して再び信を問うつもりなのか?と考える向きもあるようですが、自分はそうは思わない。消費増税に対するここまでの経緯を振り返れば、そのようなことを期待するのはいかに無駄であるかが、一目瞭然なのではないかなと。 

経済対策は必ず成功させる、失敗することは考えていない。
これじゃあ、マネーの虎で放送されていたうどん屋さんの発言と何ら変わりないですよ。もうちょっと明確に解散の理由というか選挙のテーマが明示されるものだと思っていたのですが、そちらもイマイチだったしなぁ。 

デフレ下での増税がここまで大きな影響を及ぼすとは思わなかったとか発言しちゃう大臣もいらっしゃいますしね。しかも経済政策担当だし。

個人的にはアベノミクスはかなり評価しています。政権交代時が空前の円高局面だったということもありますけれど、人々の期待値に働きかけて消費を喚起し、経済の好循環をつくって20年続いたデフレ経済からの脱却を目指すという第一ステージは間違いなく成功をおさめていました。惜しむらくは柱となる経済政策を明確に築くことが出来ずに第二ステージにすすめなかったことと、あとは8%への消費増税を実施してしまったこと。特に消費増税はデフレからの脱却と真逆の政策ですからね。地方活性と謳いつつ、片方では女性の活用といってこちらもあべこべの政策を掲げましたしその辺はあれなんですが、この8%の消費増税によって好循環の勢いは完全に打ち消されてしまいました。御用学者やエコノミストは別にして、消費あっての経済だと少なくない方々が声を上げ続けていたにも関わらず、というのが残念で仕方ない。

ここ20年で一番経済政策を頑張った政権だったと思うんですけどね。21日の解散にあわせて各党それぞれ政策を明示してくるんでしょうけど、先行きが不安でたまらない・・・。

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